新しい風



 ほがらかな、新鮮な、
 慕わしい、自由の風が吹いて来た。
 大本寺のしののめの鐘楼にうまれ、
シュワルツワルド 
 黒森の落日をいろどり、
         ステツペ
 はてしもない荒原の雪に
 とおく赤旗をなびかす風が来た。
         レンズ
 ゼーランドの鏡玉のように運河とその白楊の列とに歌い、
 フイロルド
 峡谷を吹きぬけ、北海の波のしぶきをおさえて、
 ゲールの竪琴をすががきする風が来た。
    ギリシア             ローマ
 古代希臘の円柱と古代羅馬の彫像とを撫で、
 コートダジール
 紺碧の磯にかがやき、
  ピラミツド     モ  ス  ク
 金字塔と回教寺院とを双翼にいだき、
 かんらん
 橄欖と燕との国土をすぎて
 ニルワナ
 涅槃の暗いしげみにそよぐ風が来た。


 人々よ、窓を開こう!
 このたとえようもない爽やかな風を戸口から屋根裏まで導きいれ、
 僕らの民族の気質と僕らの自由な精神とを揺りおこさせて、
 緑の円球をめぐるこの友愛のそよかぜに、
 悦びと誇りを希望とにみちた僕らの声を合わせよう!
 空気はここでも沈殿して濃く、重く、
 父祖の国は息づまって暑い真夏の夜にねむりさめず、
 すこやかな若い心は
 ゆらめく朝霧を引裂いて躍り出ようとする。
 ああ、友よ、
 逞しい腕を上げてその頑固なかんぬきをくだけ!
 人類の大道に胸もあらわに下り立って、
 この天来の瑠璃碧落の風を身に浴びよう!
 強いず、拒まず、しかも山水のように浸透する、
 かおる甘美なこの空気に身も心も清めよう!
 僕らの思想、僕らの学問、僕らの芸術を、
 無恥と凡庸、流俗と政策とから護って、
 この清純な、ありあまる空気で洗いすすごう!
 ああ、窓の前の日本の枝に来て青葉を動かす友愛の風!
 全世界を隈なくめぐって懐かしい使信をもたらす
 ほがらかな、新鮮な、
 慕わしい、自由の風がどこからともなく吹いて来た。
 (Romain Rolland 氏らの雑誌"Europe"のために)