「クレオーンの息、スコパースへの献歌」




 真実に、すぐれた人物となるのは
                難いことである、
 手(の技)において、足、または
           心性につき、四面四角で
 一点の非難も受けぬ出来上りを
                 示すといふのは。
      ......................................
 だが私は、あのピッタコスの言葉も、
        旨に適つてゐるとは思はない、
 よしそれが賢明とよばれる人の
                 言だらうと。
 「すぐれ(た人物)であることは 難い」
                  といふのだ。
 この誉れは 神のみに許されたことで
              あろう、人の身には
 卑しさといふのは、どうしても
             免れ難いものである、
 抗し難い運命の手にもてあそばれる
                   身としては。
 仕合せに暮せるうちは、
          誰人も立派に振舞えようが、
 運が悪くなれば、人も悪くなる、
 それゆゑ全てを通じて
            神々のめぐみたまふ者が
 もつとも優れた者といふことになる。

 さればけつして私としては、
      必ず不可能なことを追い求めて、
 成就の見込みもない望みに空しく
 与えられた生涯の分を
            投じようとは思ふまい、
 一点の非の打ちどころもない人に
      (ならうとは)、住まひも広い
 この大地のもたらす果実を
        くら
        啖ふ人の身のわれわれとして。
 もしそんな人を 見つけられたら
              報せてあげようが、
 しかし、誰にもせよ、
      一切みにくいことは 我からと
 せぬ者こそ、ことごとく
             私の賞賛と愛とを
 かち獲るだらう、必然に対しては
           神々とても 抗はぬもの
    .......................................
 ......................私とて別に庇護を好む
   訳ではない、ただ、立派な者ならずとも
 あまりに始末におへぬ者でなければ十分
   である、国家を利すべき正義を弁へる
 健全な人間ならば。決して私はさうした者に
 非難を浴びせようとはすまい。
        何故といふと、ろくでもない
 やからばかりが数限りもなく(多い)のだから、
 それで。みにくさを混じへぬものは、
   何によらず 結構(といふわけ)である。