短歌
ふみ
書よみて賢くなれと戦場のわが兄は銭を呉れたまひたり
こ み
はるばると母は戦を思ひたまふ桑の木の實熟める畑に
あめ かた ゆうそ
真夏日の雲のみね天のひと方に夕退きにつつかがやけにけり
旅ゆくと泉に下りて冷々に我が口そそぐ月くさのはな
あきつ
赤蜻蛉むらがり飛べどこのみづに卵うまねばかなしかりけり
こほろぎはこほろぎゆゑに露原に音をのみぞ鳴く音をのみぞ鳴く
秋川のさざれ踏み往き踏み来とも落ちゐぬ心君知るらむか
あま ひな
天さかる鄙の山路にけだものの足跡を見ればこころよろしき
寒床にまろく縮まりうつらうつら何時のまにかも眠りゐるかな
はふ
けふもまた向ひの岡に人あまた群れゐて人を葬りたるかな
くわんざう
萱草をかなしと見つる目にいまは雨にぬれて行く兵隊が見ゆ
墓原に来て夜空見つ目のきはみ澄み透りたるこの夜空かな
あめ
なやましき真夏なれども天なれば夜空は悲しうつくしく見ゆ
おのが身をあはれとおもひ山みづに涙落しし君を偲ばむ
あか
けだもののにほひをかげば悲しくもいのちは明く息づきにけり
馬に乗り陸軍将校きたるなり女難の相か然にあらじか
赤電車にまなこ閉づれば遠国へ流れて去なむこころ沸きたり
あな悲し観音堂に癩者ゐてただひたすらに銭欲りにけり
かんかんと真日照りつくる畑の玉キヤベツ豚の子どもは越えがたきかな
ひと夜ねしとのゐの朝の畳はふ蟲をころさずめざめごころに
あつぶすま堅きをかつぎねむる夜のしばしば覚めて悲し霜夜は
ここに来て心いたいたしまなかひに迫れる山に雪つもる見ゆ
ふうてんゐん
ふゆさむき瘋癲院に湯あみどに病者ならびて洗はれにけり
息ありてのこれる我等けふつどひ君がかなしきいのち偲びつ
まぼろしに見えくるきみにうつつなる言かよはずば堪へがてなくに
ふみら
わが心君に沁みなば文等をば焔のなかにほろぼしたまへ
山いでてちまたをゆかばわが面を人こふる面と直ぐにしいはむ
雪の上すれずれに飛びし頬白は松の根方にものをついばむ
蟻一つ死せる同類を口にくはえ下りてゆくはいづこなるべき
みかさ
わが枕ゆるるが如く夜もすがら水嵩まされる川おとぞする
つゆじものしとしとと置く今朝の朝けここに遊びし蛇もひそみて
もろともに叫びをあげむくれなゐの光の浮ぶひむがし見れば
ひたぶるに雪かも解くる真向かひの山のいただきけむりをあげて
一つらの山並白くおごそかにひだを保ちて今ぞかがやく
うつせみは常なきものと知りしかど君みまかりてかかる悲しさ
すこや
健けきものにもあるかつゆじもにしとどに濡るる菊の花々
今の代にありて少女のかどはかしいたいたしいたいたし少女にほふに
数十年の過去世となりしうら若きわが存在はいま夢となる
人生は一世に寄るといへるもの今に傳へて心いたましむ
こよひ
なげかひを今夜はやめむ最上川の石といへども常ならなくに
ぬばたまの夜空に鷺の啼くこゑすいづらの水におりむとすらむ
もちひ
人は餅のみに生くるものに非ず漢譯聖書はかくもつたへぬ
白濱のなぎさを踏めば亡き友のもはらごころの蘇へりくる
おのづから心平らになりゐたり學法寺なるおくつきに来て
さまざまの蟲のむらがり鳴く聲をひとつの聲と聞く時あるも
もみぢ葉のからくれなゐの溶くるまで山の光はさしわたりけり