「大剛の士を知っていた信長」


 美濃の斎藤義竜と織田信長が戦った折、斎藤方が負け、唐の頭の兜をした斎藤方の武者が逃げるのを、信長方の池田信輝が追いかけた。が、逃げきられてしまった、
 信長は信輝を呼んで、逃げたのは多分、神子田長門であろう、といったが、調べてみるとたしかに神子田であった。
 「激しい退口のときには臆病者では逃げきれることのできないものだ。逃げっぷりがよいので、大剛の神子門だと思ったが、やはりそうだったか」といって肯いた。
 また、ある合戦で、信長の先手が敗れ、旗本まで危うくなったとき、信長は、
「尾藤甚左衛門はいるか」と聞いた。
 甚左衛門は足軽大将級の武士である。三の備えにいると側近が答えると、
「それなら心配することはない」といって、落ちついていた。はたして二の備えまで突き崩されたが、甚左衛門が三の備えで防ぎ、押し返し、ついに勝利を得た。