雑録集
・ その物の萌芽を自分自身の内部にもっているのでなければ、人間はどうしてある物を分かり得よう。わたしが理解すべきものは、わたしの内部で有機的に発展しなければならない。---そしてわたしが習得するかに見えるものも、実はただ、内なる有機体の栄養物、刺激剤であるに過ぎない。
・ おそらく羞恥とは、冒涜を恐れる感情である。友情、愛、敬虔の念は、秘めやかに扱われるべきであろう。それらについては、ただ稀な、打ち解けた瞬間にのみ語られ、お互いに無言のまま、諒解され合うべきであろう。---それを考えるには余りにも微妙な物事が、世には多く、まして口に出すことなど到底できない物事がさらに多い。
・ 教養の最高の課題は---自らの超越的自己をわが物とし、同時に、自らの自我の自我たることである。とすれば、他者に対する万全な感覚と理解の欠如は、さして驚くには当らない。完成された自己理解なしには、決して他者を真に理解することなどできないであろう。
・ 関心とは、ある存在者の苦悩と活動への関与である。あるものが、関与しようという気持をわたしに起こさせるとき、わたしはそれに関心を抱く。わがこととして考える関心事ほど、関心を惹くものはない。---同様に、特殊な友情や愛情の根底になるのは、自分のことに夢中になっているひとりの人間がわたしに抱かせる関与である。彼は、自己を伝達することによって、その仕事に関与するよう、いわばわたしに誘いかける。
・ 人間を人間たらしめるのは真理である。---真理を放棄するとき、彼は自己自身を放棄する。真理を裏切る者は自己自身を裏切る。ここで問題にしているのは嘘のことではなく、---確信に悖る行動のことである。
・ われわれは、ひとつの生命のない物質をも、その因縁や形のゆえに、いついつまでも保存する。それが愛する人の持ち物で、その人の面影を留めていたり、その人に似ていたりする限り、われわれはその物をいつくしむ。